五、私の思い、貴方の悲しみ


             「ーっ!!」

             暗闇に、昌浩の声が響いた。




             いきなり安部邸を激しい闘気が駆け巡った。一つは燃えるように激しく、一つは何者をも凍り尽くすほど冷たく。

             それは一人の神将と少女が発するものだった。

             「私に、貴方の何が分かるのかと言いましたね、六合。お言葉ですが、貴方に私の何が分かるんですか・・・・?」

             本日二度目の、小気味のいい音が響いた。六合、、双方右の頬が赤くなっている。

             激しい闘気を感じて、多くの足音が近づいて来た。

             「二人とも、何をしておる!」

             先頭を切って、晴明が勢いよく障子を開いた。そこには向かい合って睨み合い、

             おまけにそれぞれ右の頬が赤くなっている二人の姿がある。

             比較的仲のよかった二人であったために想像もしなかった光景に、流石の晴明も一瞬言葉をなくす。

             しかしここは年の功。後から追いつき絶句し固まってしまった昌浩を横目に、晴明はすぐに冷静さを取り戻した。

             「六合、それに殿、二人とも何をしているのだ」

             先程と同じ問に、六合は何も語らず口よりも饒舌な瞳を向けた。何も言わず、ただ皆が初めて見る鷹のような瞳を向ける。

             彼の言いたいこと、何があったかの大体を読み取って、晴明は大きくため息をつく。

             (・・・・六合が昌浩のことを気に掛けてくれるのはいいが・・・まさか殿が過剰な反応を見せるとは・・・・・・・)

             密かに晴明の気苦労は絶えない。このような些細なことがあるたびに、まだ逝くことは出来ないと思うのだ。

             次に晴明はに視線を移す。しかし彼女は何も言わず何もせず、ただ畳の一点を見つめている。

             晴明は再び大きくため息をついて視線を六合に戻した。

             今のは全身で全てを拒絶している。そんな彼女に何を言っても無意味だろう。それよりも今はまず・・・・・

             「六合、話は後で聞こう。じゃからまずその闘気を収めなさい。彰子姫が怖がっておられる」

             途端、安部邸から激しい闘気は掻き消えた。 

             それを確認して、晴明は目で六合に付いて来るように、と言うと、部屋を後にした。



             「・・・・・・・・?」

             暫らく障子の側でどうするべきか思案していた昌浩だったが、痺れを切らした物の怪に小突かれの隣りに座った。

             「あ、のさ。俺、何があったか分からないけど・・・・、大丈夫?」

             先程から少しも動かなかったは昌浩のその奇妙なと問に顔を上げた。

             「大丈夫、とは・・・・・?」

             「だって・・・・すごく辛そうな、痛そうな目をしてるから」

             じっと、澄んだ瞳で見つめられて、何もかも見透かされてしまいそうな気がして、は急いで視線をはずした。

             「仰っている意味が、分かりませんが」

             自分のことを気遣ってくれていると分かっているのに、昌浩に当たってしまう自分を感じて、は僅かに唇をかむ。

             どうして自分はこんなにも無力で不器用なんだろう、と思う。

             「そうだね、俺もよく分かんない」

             どうしてこの人は、こんなにも・・・・・優しいのだろう。






             −夜−


             「ほーれ、きりきり上れ昌浩や」

             「うる、さい!もの、のけの、もっくん!!大体、最後に・・・・「や」ってつけるのが・・・じじくさいんだぁー!」

             先程からなんだかんだ言ってくる物の怪をしかりつけて、昌浩は一杯に力をいれて塀を登った。

             「はぁ!ったくもー・・・なんでこんなに家の塀は高いんだ!」

             「家の塀が折り入って高い訳ではないと思うぞ・・・・?」

             物の怪は律儀に返答をよこしてやるも、昌浩に激しい目で睨まれ、口を噤む。

             視線一つとっても、やはり昌浩は晴明のそれと何処となく似ている。

             「よっと・・・っ」

             掛け声一つかけて、昌浩は塀から飛び降りた。そして物の怪が隣りに着地するのを確認すると、

             人知れず平和を守るために歩き出した。否、歩き出そうとしたのだ。歩き出せるはずだった、この声がかからなければ。

             「昌浩殿、今日は私も付いて行きます」

             こちらは昌浩とは打って変わって、ひらりと軽く塀を乗り越えた。そして華麗に着地する。

             「!だ、だだだ、駄目だよ!は女の子だよ!?そんなの絶対駄目だ!!」

             「駄目と言われましても・・・・。晴明様からの了承は得ておりますので。・・・さぁ、参りましょう」

             なおも何やらいい募ろうとする昌浩を無視してはすたすたと歩いて行く。

             今日の彼女はいつもと違って・・・・積極的に見える。

             不満たらたらそうな昌浩を横目に、は自分の少し後ろに隠形している六合を見上げた。

             が自分の気配を感じることは出来ても見る事は出来ないと思っている六合は、心優しくも神気を強めてやる。

             「六合・・・・先程は、すみません・・・。人にはそれぞれ考えがるのに・・・・・・」

             「いや・・・。俺の方こそ、悪かった」

             この時微かにだが、が微笑んだのを、昌浩達は知らない。

             そしてこの笑顔が凍りつくことになるだろうとは、ここにいる誰もが思っていなかった。




             昌浩一行は、が強く希望したのもあって、嵐山付近へと来ていた。

             妖気でもない。かと言って普通でもない、嫌な空気が漂っていた。

             「何なんだ・・・・ここは」

             物の怪が鬱陶しそうに呟く。それはここの誰もが思っている事だ。

             それに、この空気に加えてたくさん並ぶ地蔵が全てこちらを向いているようで気味が悪い。

             遠くで、鴉の鳴き声がする。この雰囲気にあまりにも似合いすぎた鳴き声だ。

             カァ・・・カァカァ・・・・・カァ・・・ウマソウダ

             「っ!」

             皆に戦慄が走った。真上で、自分達の真上で、人の声がした。しゃがれた、老人のような声だ。

             何故今まで気付かなかったのだろう。何故、気付けなかったのだろう。・・・・物の怪は、のすぐ側に迫っていた。



                           前へ  戻る  次へ 



              後書き


              皆様、少々ご無沙汰でございます。天宮桜です。

              今回はめんどくさ・・・・もとい、時間がなくて微妙な所で中断しております。次回予告に忠実ではなくてすみません。

              題名も何だか意味の分からないものになってしまいました。

              次回としては、の運命やいかに!!といった所でしょうか。・・・大体想像はつくと思いますが・・・。

              今回は、予定通りに進めば出番があるはずだった天一と朱雀が、急な変更の為出番がなかったので、

              恒例の次回予告はなしです><でも、いつものコント(?)がないだけで、長い予告はしっかりやります。
              では、どうぞvv




              十二神将でも気付く事の出来なかった物の怪の正体とは!?次第にの正体と、彼女の継ぐ神の血の、

              悲しい事実が明らかになって行く・・・!

              初めて笑顔を見せたに、昌浩は、そして紅蓮はどう反応するのか。次回、第六話 運命。お楽しみに。