少々ぐろいのが駄目な方、昌浩が傷つくのを黙ってみていられない方。双方の方は、閲覧をお控えください。
見なくとも、多分話はつながりますので。
どちらも大丈夫だとおっしゃる方のみ、下へお進みください。
↓
本当にいいんですか?責任は取りませんよ??
二、異邦人
「神威 と申します」
丁寧に三つ指突いて頭を下げるに向けられた視線の名は、敵意。
それは、丸一日眠りつづけていた彼女が目覚めた日のことだった。
安部家の人々は、盛大な悲鳴でたたき起こされた。悲鳴の聞こえてきた方向には、昨日の不思議な少女が寝ている部屋がある。
一瞬にして考えをめぐらせた安部家の人々は、寝姿のまま部屋に駆けつけた。
ふすまを開けると、部屋の真中に敷かれた布団に、彼女が座っていた。
しかしその瞳は恐怖に怯えるかのように見開かれ、いもしない者を見つめているかのようだ。
「・・・・なさい・・・・・・・」
小さく聞こえた声に耳を傾けると、それは少女が呟いているようだった。
「ごめんな、さい・・・・・」
思わず復唱すると、皆が一斉に昌浩を見る。
「え、ど、どうしたの?俺、なんか変なこと言った?」
「ごめんなさいってお前、どうかしたのか?」
今まで昌浩の肩に乗っていた物の怪が降りて、心配そうに彼の顔を覗き込む。
視線をめぐらせてみればそれは皆も同じで・・・・・どうやら、少女の声は皆には聞こえていないらしい。
「昌浩、お前には一体何が聞こえるのだ?」
「父、上。えっと、あの女の子が、ごめんなさいって。ごめんなさい、ごめんなさいって、何度も何度もずっと謝ってるんだ。
多分彼女には・・・・・例えば辛い過去の記憶とか、そういうのが見えてるんだと思う」
よく分からないながらも頭をひねり言うと、晴明が、うん、と唸る。
実は最後の方は適当に付け加えただけなのだが、それが意外と良かったらしい。
「昌浩よ、我らに聞こえぬ少女の声が聞こえたということは、もしかしたらお前と彼女の魂の波動が合うのやも知れん。
お前、行って少し彼女の様子をみて来なさい」
相変わらずの狸振りで、この状態をどう考えているのか分からないが、とりあえず頷いて、昌浩は少女に近づいていく。
すると、襖の方にいては分からなかったが、彼女はすごく震えていた。そしてすごく冷や汗をかいていて、可哀想なほど怯えていた。
何か彼女の汗をぬぐう物を探して結局見つからなかった昌浩は、とりあえず自分の寝巻きで拭いておこうと思い、彼女に触れた。
と、その時。急に何かに引っ張られるような感覚を覚え、昌浩はその場に崩れ落ちた。
「ま、昌浩!!」
物の怪が急いで駆け寄る。が、昌浩は眠っているだけだった。ただ、魂だけが、すっぽりと抜けてしまっっていたのだが。
俺が今居る、ここはどこだろう。なんかすごく紅くて、少し粘ってて、ずっとみてると気分が悪くなってくるような液体の中に、俺は立っていた。
突然、怒号が聞こえる。
「う、うわっ。ごめんなさいごめんなさい、何か勝手に来ちゃってごめんなさいっ!!」
あの緊迫した様子からして、叩かれるかと思ったが、昌浩の体には何も起きない。それどころか、何の声も聞こえない。
薄っすら目を開けると、ただ目を見開いて自分を見つめている少女の姿があった。
先程までは影も形もなかった彼女に驚きつつ、昌浩は直感で、この少女があの池に落ちてきた少女であることを悟った。
「ねえ、大丈夫?」
少女の前手をひらひらさせてみたりしても何の反応も示さない彼女に、昌浩はそっと触れる。すると。
「私に、触らないでっ!!!」
今まで硬直していた少女は過剰に反応して、昌浩を突き飛ばした。
まさか突き飛ばされるとは思っていなかった昌浩は、そのままよろめいて液体の中に尻餅をつく。
「いてて、何するんだよ・・・・・・」
昌浩にとって、怯えたような視線を向けられるのは、はっきり言って初めてかもしれない。
自分の身を抱いて、毅然としながらも怯えたような視線をよこす彼女は、なんだかとっても儚かった。
細い、理性とか自制心とかそういうのじゃなくて、思い出みたいな形のない暖かいもので、自分を何とか保っているみたいだった。
「いきなり触って、ごめんね。俺の名前は昌浩、安部 昌浩。君の名前は?」
「・・・・・」
ひどく、居心地が悪かった。ここは静かで、昌浩か彼女が話さないと何も聞こえないのだ。
(嫌われちゃったかな・・・)
何とも悲しくて、何をしたらいいのか迷う。
(こう言う時、じい様やもっくん辺りは、なんでもない風に心を開かせちゃうんだろうなぁ・・・。年の功ってやつかな。いいな、俺も早く年取りたい)
なんだか違う方向の答えに行き着いた昌浩は、やっぱり年は取っといた方が便利だよな、等と思いながら、ちらっと少女を見る。口が動いた。
「私の名は、神威 、と」
少し高くて澄んだ声が、微妙に響いて消えていく。
「貴方は何故ここに居るのですか・・・?」
「うん、あのね・・・」
話せば長くなるんだけど。そう言って、昌浩は自分がここへ来た経路を話し始めた。
話し終えても、は何も言わない。
暫らくの沈黙の後、それに耐えかねた昌浩が気まずそうに口を開いた。
「あのさ、やっぱり信じられないよね。何かいきなり見知らぬ人がやってきて『貴方が俺の家の池に浮いてました』って言われて。
でも別に頭可笑しいとかそう言うんじゃなくて・・・・て、何言ってるんだろ、俺・・・・・・・・」
「・・・・信じていないわけではないの。ただ、貴方をどうやって外に帰すかを考えていただけ。ここは私の呪縛。
自分でも、一度はまったら中々抜け出せないから。私は別にそれでも構わないけれど、貴方は困るのでしょう?」
「中々、抜け出せない?」
昌浩を問に、彼女は首肯する。この術は、彼女が自分に掛けた戒めの鎖。
変な期待を抱かぬように、自分のせいで誰も傷つかぬように。過去を見つづける迷宮なのだ。
「ってことは、頑張れば抜け出せるってことだよね!」
昌浩の言葉に、は、頭の上に疑問符を沢山浮かばせた。抵抗は無駄だといっているのに・・・馬鹿か、と思う。しかし。
「だから、中々ってことは、絶対じゃないだろ?ってことはすごく頑張ったら抜け出せるってことだよ」
発想の転換と言うやつだ。そんな風には考えても見なかった。
ただこの術にはまったら、大人しく過去を見て、効果が切れるまで待っていることしかしなかった。
「そうと決まれば、よし。もし何か痛かったらごめんね」
両手を合わせてに事前に謝ると、昌浩は勢いよく立ち上がり、印を結んだ。
「努々夢見ることなかれ、努々忘れることなかれ。我は思う、我が魂はあるべき場所へ。急々如律令!」
昌浩が言い終えると、突然激しい地震が起こった。紅くてドロドロした物は消え、そこには木のような硬い床が広がる。
目を凝らしてみると、向こうの方に、微かに蝋燭の炎が揺らめいているのが分かった。
「さん、あそこ灯りが・・・・どうか、した?」
灯りの燈っているあそこに行けば何とかなるのではないかと思った昌浩だったが、の異変に口を噤む。
今の彼女の様子はまるで・・・まるで、褥から宙を凝視していた彼女のようだった。
流石におかしい。そう思った昌浩は、失礼だと思いながらもの肩をゆする。
「さん、さん。大丈夫?」
しかし彼女は、目の前で手をひらひらさせてみても、華麗な回し蹴りを披露してみても、何の反応も示さない。
ただ目を見開き、振るえて、じっと何かに耐えるようにしているだけ。
その時、聞くだけでもかなり痛い、何かをひっぱたくような音がした。
「お前なんか産まれて来なければよかったのよ!!!」
次いで、常軌を逸したような、老女の声が聞こえる。
「お前が産まれて来なければ、あの子は・・・・・榊(さかき)は死なずに済んだのに!!」
またもや、何かをひっぱたくような音がする。初めて聞くその音に、昌浩はの隣りで身を硬くする。
暫らく、静寂がその場を包んだ。そしてそれを破ったのは幼い少女の声。愛して欲しいのに愛されない、悲痛で切ない声だった。
「ごめんなさい、ごめんなさいお婆様・・・・・ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、きちんといい子にしてるから、だから・・・・・」
だから、お願いだからを要らない子だなんて言わないで・・・!
少女の叫びを聞いて、昌浩は悟ってしまった。これは先程彼女が言っていた、彼女の・・・・・過去。
そう思って彼女を振り向くと、あちらに気を取られて気付かなかったが、何か呟いている。
耳を澄まして聞いてみると、租手は昌浩自身に言っているようだった。
「・・・・いで・・・・・・・・・みな、いで・・・・。見ないで、見ないで・・・・・・いや、見ないでーーーっ!!!」
叫んだ彼女の声に呼応して、無数の風の刃が、昌浩を切り裂いた−。
「うわぁぁぁ!!」
「昌浩!!」
痛みに叫んだ昌浩の耳朶に響いたのは、聞きなれた物の怪の声だ。
(ああ、俺もとうとう駄目なのかも・・・・格好、悪いなぁ・・・)
体が重くて、手も上げられなくて、喉がからからに渇いていて。どう見たってこのままあの世逝き決定かもしれないと思う。
「おい昌浩、何黙ってるんだ!昌浩っ!!」
「・・・・もっくん・・・・・・・・・?」
夢だと思った。会いたいから、幻聴が聞こえたんだと思った。でも、物の怪の声は、幻聴なんかではなかった。
「昌浩様、お気を確かに・・・!」
次に聞こえたのは、心配そうな天一の声。少しして、ふと体が楽になる。
−どうやら昌浩は褥に寝かされているようだった。
「天、一・・・・ごめん。俺が不甲斐ないから・・・・・・・。又朱雀に怒られちゃうな・・・」
「何をおっしゃいます、昌浩様。皆の負担を軽くするのが私の役目。お気になさらずに」
天一は微笑みながら、濡らした手ぬぐいで昌浩の額の汗を拭う。
「昌浩や、大丈夫か?」
「じい様・・・・・そうだ、彰子は?」
「ほっほっほ、怪我を負ってまで彰子姫の心配をするとは・・・愛じゃのう。大丈夫じゃ。彰子姫には適当に理由をつけて又眠っていただいた。それにしても・・・・・」
微妙な所で言葉を区切って、晴明は口元を扇で隠す。・・・・何だか、嫌な予感がしてきた昌浩である。
「ああ昌浩や。あの少女の夢に引きずり込まれた挙句、傷まで負わされるとは何たる失態。じい様は悲しゅうて悲しゅうて涙も出んわ」
「元から涙なんか出ないくせに・・・」
的中した嫌な予感に、昌浩はボソッと言い返す。幸いそれは誰にも聞かれなかったようで、晴明の反撃を食らうこともなかった。
「昌浩、疲れただろう。少し眠れ。あの小娘への制裁は、俺達が丁重に与えといてやるから」
長く延びた鋭いつめで皮膚を傷つけないようにしながら、物の怪は昌浩の頭を優しく撫でる。何だかそれがひどく懐かしく感じられて、昌浩は苦笑を漏らした。
「もっくん・・・・」
「なんだ昌浩や。眠れなさそうか?」
「ううん、そうじゃなくて・・・・。悪いのは、多分俺なんだ。さんは何にも悪くないんだよ。
俺が・・・・・・土足でずかずかと、さんの心に踏み入っちゃったんだと・・・思う。だから、さんには、何も・・・・・・しない、で」
そこまで言って、昌浩は深い眠りに落ちていった。物の怪は暫らくそれを見つめて、そして晴明を振り返った。
「晴明、あの娘・・・・叩き出しても良いか?」
「駄目じゃ、昌浩が何もするなと言うのだから、何もするな。その代わり・・・・・・ふふふふふふ」
晴明の不気味な笑いの意味をしっかりと理解して、物の怪は無気味な笑いを返す。
部屋の中で、天一だけが、困ったように笑っていた。
「神威 と申します」
「これはこれはご丁寧に、安部 晴明と申します。孫の昌浩がご迷惑をお掛けしたようで」
「いえ、こちらこそ・・・・本当に済みませんでした・・・・・・・・」
射るような十二神将たちの視線の中で、は顔色一つ変えずに晴明に答えている。
今、昌浩を認めた十二神将達の怒りは沸点を超えて、もう視線だけで人を殺せそうである。
しかも彼らがいるところだけ、黒い気が漂っているのだ。
怒っているのは、十二神将達だけではなかった。晴明も笑みを浮かべてはいるが、瞳が笑っていない。
昌浩の父である吉昌も、皆で取り押さえないと呪詛をかけそうな勢いであった。
「お世話になりました、では私はこれで」
「ああ、さっさと出て行け!」
出て行きますというに対して、聞こえないだろうからと毒を吐く物の怪の方を、は、あまり感情のこもらない瞳で見つめ、そして立ち上がった。
お辞儀をしてさっさと出て行こうとする彼女を、晴明は少々慌てた振りをして引き止める。
「お待ちくだされ殿。まだお体の調子も整っていないのですから、体調が整うまででもここにいらしてくだされ」
「しかし・・・・」
戸惑うに、晴明はさらに言い募る。
「今の貴女を帰したとあっては、安部家の名が廃ります。どうか」
そこまで言われて断ることも出来ず、彼女は不承不承頭を縦に振った。
彼女にとっても、怒り浸透の安部家一同にとっても、忙しくなりそうだった。
後書き
まずは初めに一言、昌浩ファンの方々、そして昌浩、ごめんなさい!!!
当初の予定では、こんなに暗い話になるはずではなかったんです!ええこれは本当です。
そしては偽名を語るはずが・・・・本名語ってしまいました。
読んでくださった皆様、色んな意味で本当にすみません!!
そしてこれからも見捨てずに天香桜花をよろしくお願いいたします。
:と
昌浩:昌浩の
二人:儚き夢幻を守りぬけ(以下、夢幻)次回予告−其の二−!
昌浩:っと言うことで、やって参りました次回予告−其の二−!今回もよろしくね、さん!
:こちらこそ
昌浩:えーっと、今回の話はすっごく重かったような気がするんだけど・・・どう?
:そうですね。私の過去も垣間見られてしまいましたし。それに・・・・痛かったですよね。すみません昌浩殿
昌浩:大丈夫、大丈夫!そんなに気にすることないよ。俺元々丈夫だし、それに諸悪の根源は桜だ!!
:・・・それも、そうですね
昌浩:そうそう。てなことで、ゲストを呼んじゃおう!今回のゲストは、じい様こと安部 晴明!!
晴明:皆様はじめまして、昌浩の祖父の晴明でございます
:では晴明様、早速ですがゲストとしてのお役目をお願いいたします
(原稿を渡す)
晴明:これはなんですかな?
:次回予告の原稿です。前回は私達が読んだので、今回は晴明様がよろしくお願いいたします
晴明:そうですか。では参りますぞ
十二神将達から猛烈な反感を買ってしまった。実は見鬼の才があることをひた隠しにし、物の怪の暴言に耐える彼女。
そんな彼女は、散歩中に強力な物の怪に襲われてしまう。彼女に秘められた力とは一体!?
次回、神の血を継ぐ者、お楽しみに
昌浩:なんか、じい様の方が長い・・・・・よかったぁ前回予告しといて!今回のじゃ絶対に息続かなかったね
晴明:何を自慢げに言っておるか昌浩、そんなことではじい様の後は任せられん。ああじい様は悲しい、悲しいぞ昌浩・・・・
昌浩:そりゃあ・・・すみませんねぇ・・・・・・
:・・・・そろそろお時間ですがまだ続きそうなので、後は私が。
次回はゲストに紅蓮、勾陳をお呼びする予定です。ではまたの機会を楽しみにしております
晴明:おや昌浩や、終わってしまったようじゃぞ。のう殿
:(首肯)
昌浩:うそ!ひどいやーーーっ!!!